いちょう観音

ホーム ] 上へ ] 松蔭寺のすりばち松 ] 大塚のお地蔵さん ] [ いちょう観音 ] 首かけ松 ] 要石 ] 浮島沼のめ鹿お鹿 ]

いちょう観音

滝井のぼる 画 「静岡のむかし話」より

 むかし、むかし、駿河の国、阿野の庄(今の沼津市浮島あたり)に、大変正直な夫婦が住んでいました。
 二人は、わずかばかりの田畑を耕して暮らしを立てていましたが、どういうわけか子供がありませんでした。

 二人は、相談して近くの大泉寺にお参りをし、
「どうか、子供をさずけて下さい。」
と、一生懸命お祈りをしました。

 そのお祈りが仏様に通じたのでしょうか。とうとう夫婦に玉のような男の子が生まれました。二人はたいそう喜びました。
 ところがどうしたことでしょうか。赤ちゃんを育てるのになくてはならないお乳が出ないのです。
 近所の人たちに相談しても、良い知恵は浮かびません。
 赤ちゃんは、お乳がでないので、
 「オギャー、オギャー。」
と泣くばかりです。その声もだんだんと小さくなり、体はやせ細ってきました。

 夫婦は、どうしたらよいかわからず、大変困ってしまいました。
 お乳が出るようにするには魚を食べると良いということを聞きましたが、貧しい暮らしでしたので、近くの海で獲れる魚を買うことも出来ませんでした。

 二人は、仏様にお祈りして、赤ちゃんを生むことが出来たのだからと、また、大泉寺へ揃ってお参りに行きました。
 毎日のようにお参りを続けたある晩のことです。

 母親は夢を見ました。夢の中に大きないちょうの木が出てきました。

 木の上の方から、まばゆいばかりに輝いている観音様が現れて、
 「おまえたち夫婦は、暮らしは貧しいが、正直で良く働くのは感心です。乳が出ないので困っている様子だが、出るようにしてあげましょう。」
と、おっしゃいました。

 母親は、はっとして目を覚ましました。このありがたいお告げに、夫婦は躍り上がるように喜びました。
 早速、二人は、次の朝早く、門前に大きないちょうのある大泉寺を目指し、手を取り合うようにして駆けつけました。観音様の前にひざまづいて、一生懸命に祈りました。

 それからというもの、毎朝、毎晩、夫婦揃ってお寺にお参りをしては、観音様にお祈りを続けたのです。
十日あまりも過ぎたでしょうか。ある朝、目が覚めると母親のお乳が張って、乳が出そうです。

 早速、赤ちゃんに吸わせてみました。

 赤ちゃんは、
「ごっくん、ゴックン。」
と、いかにもおいしそうに吸うではありませんか。

 「あっ、乳が出た。」
 「よかった。よかった。」
夫婦は、涙を流して喜びあいました。

 それからは、赤ちゃんに飲ませても余るくらい、乳が出るようになり、その子は、すくすくと育っていきました。

 この話しをきいて、乳の出の悪い人は、土地の人ばかりでなく、近くの村人たちはもちろん、遠い町の人たちまで、大勢このお寺を訪ねるようになりました。

 このようにして、いつの間にか、
 「いちょう観音」 「子育て観音」
と、呼ばれるようになりました。

 今でも、大泉寺の門前には、大きないちょうの木があり、お寺にお参りする多くの人に、語りかけるかのようにして立っています。