浮世絵に描かれた原 33

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 [33] 末廣五十三次 原

  月岡芳年(よしとし)筆 慶応元年五月 木宗(木屋宗次郎)版 彫竹 竪大判錦絵

 
このシリーズは全版を通し右上部に描かれた扇の中に末廣五十三次と書かれ、その下に各宿名が入っている。
 慶応元年五月に将軍家茂は、第二次長州征伐の為、江戸を出発した。将軍に付き従い上洛する幕府軍の姿が各宿の風景の中に描かれ、芳年、国輝(二代)、広重(三代)等の幕末を代表する浮世絵師が各宿を分担している。
 芳年描く原の図は、頂を雲におおわれた富士山、雨具を着、吹流し、毛槍を持って降りしきる雨の中、浮島ヶ原を進む先頭の武士の姿を描いている。原の図に雨の様子が描かれているのは珍しく、私の好きな一枚である。因に沼津は沼津城下を通過する武士の様子を国輝が描いている。
 芳年(天保十年〜明治二十五年)は歌川国芳の弟子で、本姓は吉岡、後に月岡姓となる。名は米次郎といい、玉桜楼・一魅斉等と号す。武者絵・役者絵・歴史画・風俗画を描き、特に落合芳幾との合作「英名二十八衆句」等の血みどろ絵で名をはせ、怪異的な作品が多く、明治五、六年神経衰弱になり、回復後は大蘇芳年と称した。新聞綿絵も手掛けた。代表作に「月百姿」、「新形三十六怪撰」、「風俗三十二相」等がある。

 

末廣五十三次 原

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