浮世絵に描かれた原 44

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 [44] 東海道五十三次 四十一 原

 
初代長谷川貞信(雪花園)画  幕末 竪極小判錦絵

 浮世絵の多くは江戸の浮世絵師達の手により描かれ、売り出されたが、京・大阪を中心とする上方でも、「上方錦絵」と呼ばれる関西地方を中心とする風景画や、上方歌舞伎の舞台絵、役者絵等が上方浮世絵師達で描かれた。
 しかし、上方錦絵は江戸錦絵に比べ数が少なく、我々の目に触れる機会は少ない。
 これらの中には、長谷川貞信を中心とした上方浮世絵師達が描く、東海道五十三次物も出されている。上方の特徴としては、各宿の番号が京から数えているので、江戸の物と逆になっている。

 
これは本シリーズ9・26で紹介した広重の東海道五十三次原の図をまねたもので、構図はほとんど同じで、旅人の女性が笠をかぶっていないのが大きな違いである。数枚の各宿の極小判の錦絵を続けて刷り、それぞれを切り離して鑑賞した。この他にも貞信は二・三種の小判の東海道物を描いている。
 長谷川貞信は文化六年〜明治十二年 歌川貞升門 名は文吉、後に徳兵衛、雪花園等と号した。上方絵は天保の改革の影響で一時弱体化したが復興した。彼は後期上方絵の代表的浮世絵師の一人で、役者絵を中心に活躍、又美人画や東海道等の風景画も描いた。

東海道五十三次 四十一 原

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