東海道中膝栗毛  初編

 富貴も思うがままに、冥土までも御利益あれと、祈って立てた家々の門松に吹く松風に、琴の音に通う春の日のうららかさ。まことに江戸の大道が真っすぐに、毛筋ほども揺るがぬ御代の泰平のしるしは、吾妻の国の江戸の錦絵の世界ではあるまいか。

そこには鎧武者も色美しく描かれるが、今では弓も木太刀も神の社の奉納の額に納まるだけ。治まる御代の豊津国日の本の泰平の今でも、あの尭舜の聖人の世や、延喜の帝の昔の栄えを 目の当たりに見る心地である。

いざこのありがたい御代にこそ、国々の名山景勝の地を巡り歩いて、月代に塗る青黛ならむ聖代の御徳を、やかん頭になる年老いてからの茶呑み話のために蓄えておこうと、二人の友だちが誘い合わせ、山鳥の尾のような、長々しい旅のことなれば、臍のあたりに打ち金の胴巻に、ずっしりと路用の金をあたためて、花のお江戸を立ち出たのは、神田の八丁堀あたりに住む妻を亡くして独り者 弥次郎兵衛と言うのらくら者と居候の喜多八。千里の道も一足で行くと言う、名代の朽木草鞋の足元も軽く、足の裏に塗ればまめができないと言う千里膏も何貝も買いこんで、二人おそろいの、蛤のむき身しぽりの浴衣の抽を吹き送る神風のお伊勢参りから、足引きの大和の国巡りして、花の都(京都)から梅の咲く浪花(大阪)へと心ざして神田の家から出かけたところ、早くも江戸もはずれの高輪の町にかかる。

そこで川柳点の前句集にあったこんな句を思い出した。

高輪へ来て忘れたることばかり
(江戸っ子が東海道の旅に出ると、たいてい高輪あたりで、あれこれ旅支度で忘れたことを思い出す)

さいわい、我々には何ひとつ忘れた物も気がかりもなし。ひとりものの気楽さで、留守の家にあばれる鼠どものために店賃出すのも無駄なことと、借家をあけ渡して、身代残らず風呂敷包にまとめてしまったので気安いこと。

さりながら、旦那寺からお布施あつめのために時々送られてくる仏餉袋に、つねづねケチケチして、米をすこしばかりしか詰めなかったので、和尚さんに旅の往来切手を頼むのに気がひけて、銅銭百文自腹を切ってお寺に寄進して往来切手をもらい、また町役人の大家には、古い借金の店賃を払ったかわりに、なんとか御関所の手形を受け取った。

そのうえ、いくらかでも値の踏めるものは、何でも安くひきとる見倒しの古道具屋に売り払って金にかえ、売れないがらくたものは、空家のしまつをつける店請の者にくれてやって礼をいわせ、漬菜の重石と、鍋釜の尻を引っかく墨かき包丁は隣の家に残し、ちぎれた縄すだれと油壷とは向かいの家にゆずった。何一つ取り残した物もなくと言いたいが、心がかりは、酒屋と米屋の払いをそのままにして、だしぬけに旅立ってしまったこと、さぞや恨んでいるだろう。気の毒ながらこれも古い歌に、

さきの世に借りたをなすか今貸すか いづれ報いの有りと思へば
(前世で借りた金を今返したのか、それとも今貸すのか、どっちにしても報いのあることだから同じこと)

と詠んだのもあるからと、高笑いしながら弥次郎兵衛はまた狂詩を口ずさむ。

 雖非亡命可奈何   借金不報挙尻過
 夫居本貫掛乞衆   将是川向成干戈
(かけおちに あらずというども いかんがすべき しゃっきんはらわず しりをはしょってすぐ
そこにござれ えどのかけとりしゅう まさにこれ かわむこうの けんかなるべし)

と、打ち興じながら二人はまもなく品川の宿に着く。さっそく、弥次郎兵衛が、

海辺をばなど品川というやらん

と難癖つけた上の句をつければ、喜多八はとりあえず

さればさ水のあるにまかせて
(品川の地名の鮫州をさ水にかけた洒落)

と気のきいた下の句をつける。こういうやりとりも面白く、歩むともなしにいつの間にか鈴が森の刑場のあたりにきて、ここで弥次郎兵衛はまた一首こじつける。

おそろしや罪ある人の首玉に つけたる名なれ鈴が森とは
(描の首に鈴をつけるのもじり。江戸には、東部に千住の小塚原、西部に品川宿のはずれの鈴が森の二つの刑場があった。鈴が森は東海道の道筋で、さらし首や処刑が通行人に見えるようになっていた)

やがて大森にはいると、ここは麦藁細工が名物で軒なみの家ごとに商っている。

飯に炊く麦藁ざいく買いたまへ これは子供をすかし屁のため
(麦飯を食うと屁が出ると言う。すかし屁は音がしないようにこっそりと屁をひること、それに麦藁細工のおもちゃで泣く子をなだめすかすことにかけている)

六郷の渡しを越えて川崎に着き、名物の奈良茶飯でしられた万年屋で、腹ごしらえしょうと店にはいって腰をかける。

万年屋の女「おはようございやす」

弥次「二膳たのみますよ」

喜多「コレ弥次さん見なせえ。今の女の尻は去年までは柳腰でいたっけが、もう臼になったぜ。どうでも杵でこづかれるとみえる。そしておかしなことに道中の茶屋では、どこでも床の間にひからびた花を活けておくものだの。あの掛け軸をみねえ。ありゃなんだ」
   (臼、杵は男女の隠語。ほっそりした柳腰の処女が男を知った)

弥次「ありゃァ鯉の滝のぼりの絵よ」

喜多「おらァまた鮒がそうめんを食うのかと思った」

弥次「コレむだをいわずと早く食わっし、汁がさめらァ」

喜多「オヤいつのまにか持ってきた、ドレドレ」

と、奈良茶飯をある限りサラサラとかっこみ、

弥次「モウおはちがからっぽだ」

喜多「また先へ行ってうめえものを食ってやろう」

と、それから二人は銭をはらって、万年屋の店を出て行くと、向こうから道筋いっばいに、お大名の行列がやってくる。行列の先払いは六十くらいの親仁、もう一人は十四五の小僧の奴、どちらも川崎宿の人足である。


先払いの人足「下ァに、下ァに。冠り物を取りましょうぞ」

と、ふれてくる。喜多八、わざともっともらしい顔で、

喜多「駆け落ち者は、土下座しねえでもいいとみえる」

弥次「なぜだ」

喜多「ハテ、かぶり者は通りましょうぞと言うわ」

と、洒落のめす。
   (男女の駆け落ちで、顔を隠す毛氈をかぶって逐電した者のことを、かぶり者と言うのにひっかけた洒落)

先払いの人足「馬子ども、馬の口を取りましょうぞ」

と、だらしなく手綱を肩にかけて歩く馬子に声をかける。喜多八はまたふざけて、

喜多「馬の口も取りはずしができるのかの。ハヽヽヽ」

先払いの人足「後ろの人、背が高い、頭が高いぞ」

弥次「おいらがことか。高いはずだ。高い石段の愛宕の坂で、江戸の相撲取りの大関の九紋龍と肩をならべた男だ」

喜多「洒落なさんな。とんだ目に会うかもしれねえぜ」

と、すこし心配になって、頭を下げさせる前へ行列が進んでくる。

弥次「アレ見やれ。どれもいい奴だ。捲き端折りで豪勢に尻がならんだは、なんのことはねえ、葭町新道の陰間茶屋の陰間の土用干しというもんだ」
  (陰間は男娼のこと、尻が売り物。葭町新道は江戸日本橋六軒町にあった、男色専門の陰間茶屋のならぶ遊び場、葭町は芳町とも書かれる)

喜多「オヤオヤあの弓をかついでいる人の笠をみねえ。笠の台の高いこと、ひでえ頭と離れているぜ」

弥次「そして、あの羽織の長さは、さながら暖簾から金玉がのぞいているってところだな」
  (大名行列の仲間や奴の羽織は、ぶっさき羽織といって、丈が長くて背中が半分裂けていて腰の下までかかっている。そこで裸同然の下半身を、のれんの間から金玉と栖落た)

喜多「殿様はいい男だな。さぞ女中衆がこすりつくことだろう」

弥次「べらぼうめ。いろいろなことに世話を焼くねえ。あの方々だって、やたらにそんなことをしてたまるものか」

喜多「なぜって、アレあのお道具を見ねえ。アノとおりに立ちっぱなしでねえか。ハヽヽヽヽヽ。サァお駕篭が通ったから行こう」
  (お道具は行列の中で立てている槍のことで、弓や鉄砲はお道具とはいわない。そこで槍を男の一物にみたてたのである)

 土下座から立ち上がった二人は宿はずれまで来かかると、

馬方「親方、帰り馬だが、乗ってくんなさい」

弥次「安くば乗るべい」

馬方酒手でいこう。ジバで乗っておくんなさい」

 馬の値段も二百文と相談ができて、弥次郎も喜多八もここより馬に乗ると、二匹並べてひきだす。鈴の音シャンシャン、馬の声ヒィンヒィン。

向こうから来る馬方「ヘエ、畜生め、客をつかめえるのが早えな」

こちらの馬方「糞をくらへ」

さきの馬方「うぬの尻でもしゃぶれ」

これがこの手合いの行きちがうときの挨拶で、たがいに悪態をつきあうのが馬方仲間の仁義と言うところである。

弥次の馬方「コレ伊賀よ、きのう手めえと飲んでいた野郎は、アリャァ上の宿の房州だな」

この手合いはつねにたがいの名を言わず、みな生国で呼びあうのが習慣である。
 喜多八の馬方、街道の道ばたに小便をたれながら、

喜多八の馬方「先んどの晩げにナァ、アノ房州めが嬶ァがな、おらが親方の家の裏の背戸口で小便こいていたと思いねえ。なにかシャァシャァ言う音を聞くと、おらも変な気持ちになったもんだんで こいつァかまうこたァねえ。ひとつぶっちめ(手ごめ)てやろうと思って、酒を打ち食らった元気で、いきなり嬶ァの腕をねじあげて、そこへぶっ倒したと思え。
 そうすると、嬶ァめが肝をつぶしやァがって、コリャァ何をするとぬかしゃァがったから、エヽ、何をするも犬の糞もいるもんか。うぬをぶっちめてくれるんだ。黙ってけつかれとのしかかるとなァ、なにしろアノ嬶ァのでかい図体だから、ひでえ力のある女よ。この野郎めェとおれをつっころばしやがったんで、エヽなにをしゃがると横っ面ァひとつぶんなぐって、厩の壁に押し倒してのっかかったと思え。まだ小言をぬかしゃァがるから、おらが親方の子にやろうと思って、餅を買ってきがけだから、その餅を二つ三つ、嬶ァめが口へねじこんだら、むしゃむしゃ食らやァがるから、その問に一発やらかした。
 そうすると、もっと餅をくれろと言いやァがったんで、おらァそこらァ探りまわして、馬の糞たァ知らずに、あいつの口へ押し込んだら、胸を悪がって腹を立ちゃァがるまいことか。おらもあんまり可哀そうだんで、とうとう焼杉の下駄一つくれてやって、損をしたなァいまいましい」

この話に弥次郎、喜多八の二人も大いに面白がって聞いているうちに、早くも神奈川の宿の棒鼻に着く。

棒鼻(ボウダナ)


 それより二人とも馬をおりてたどり行くほどに、神奈川の台町(今は横浜市)にくる。ここは街道の片側に茶店が軒をならべ、いずれも座敷は二階造り、欄干つきの廊下、店をつなぐ桟などもあって、波打ち際から眺める景色がいたってよく、晴れれば、海上はるかに安房、上総の国が眺められる。
 茶屋の女が門に立って、

茶屋女「お休みなさいやァせ。あったかな冷や飯もございやァす。煮たての肴の冷めたのもございやァす。蕎麦の太いのをあがりゃァせ。うどんの大きなのもございやァす。お休みなさいやァせ」

などと、わざと反対にいう洒落た呼び声。二人はここで酒でも一杯飲んで元気をつけようと茶屋へ入りながら

弥次「喜多八見さっし。美しい太えもんだ」

喜多「ハヽァいかさま、いい娘だ。時に肴はなにがある」

と、喜多八はそこらを見回し、娘に肴を指図して酒をいいつける。娘は前だれで手をふきふき、塩焼きの鯵をあたため、お銚子と盃をもちだす。

「これはおまちどうさまでございやした」

弥次「おめえの焼いた鯵ならうまかろう」

と、娘はフヽンと笑いながら、おもての方に向って呼び込みの声をかけながら行ってしまう。

おもての娘「お休みなさいやァせ。奥が広うございやす」

喜多「奥が広いはずだ。安房上総まで続いている」

弥次「喜多八見さっし。この魚はちとござった目もとだ」

と、塩焼きの鯵をひっくり返してみて弥次郎兵衛は、

ござったと見ゆる目もとのおさかなは さては娘が焼きくさったか
(ござった…魚や肉類が腐ったと言う意味と、恋心が芽生えるとの二つの意味がある。これを使い分けている。<焼く>は嫉妬するの意味にかける)

 喜多八はこれを聞いて、同じくこじつけて一首詠む。

うまそうに見ゆる娘に油断すな きゃつが焼いたるあじの悪さに
(味と鯵をかけた洒落。いい娘だからとて味がよいとはかぎらない)

 かれこれと面白がってからこの茶屋を出て、いろいろと道草を食いながら行く。旅路の気楽さに、高声で烏鹿話をしながら行くほどに、この宿はずれから十二、三歳ばかりの抜け参りらしい伊勢参りの小僧が後になり先になりして歩く。

抜け参り


 伊勢参りの小僧
「旦那さま。一文くれさい」

弥次「やろうとも。手めえはどこの者だ」

小僧「わしらァ奥州」

喜多「奥州はどこだ」

小僧「笠に書いてあり申す」

弥次「奥州信夫郡幡山村長松・・・・、ムム幡山の長松か。おいらも手めえたちの方に居たもんだ。幡山の与次郎兵衛どのは達者でいるか」

長松「与次郎兵衛と言う人は知り申さない。与太郎どんなら、わしらが隣さァにあり申す」

弥次「おお、その与太郎よ。またその家に、のん太郎と言う年寄りの爺いさまがあるはずだ」
  (三つの人名ともに人形芝居などから思い付いた架空の名、ことに与太郎は嘘つきの意味で、嘘を与太と言うのもこれからきている

長松「爺いはあり申す」

弥次「そして与太郎どのの内儀さまは、たしか女だっけ」

長松「おかっさまァは女でござり申す。よく知っていなさる」
   (おかっさまァ…お方さま・奥様)

弥次「今じゃァなんというか知らねえが、おいらがいた時分は、名主どのは熊野伝三郎と言ってな、その内儀さまが、家に飼っておいた馬と色事をして逃げたっけが、どうしたかな」
  (奥州から来る熊の胆売りから思いついて熊野伝三郎とした架空の名)

長松「それよサァ。よく知っていなさる。庄屋どんのおかっさまァ、家の馬右衛門言う男とつっぱしり申した」
  (つっぱしる…男女の駆け落ち)
  (名主どの・庄屋どん…関東では名主、関西では庄屋と言う)

喜多「いやァ。妙、妙」

と、喜多八はおかしがってはやしたてる。

弥次「コリヤ長松よ。なぜあとへ下がる。くたびれたか」

長松「ヘェ、わしゃもうひだるくてなり申さない」

弥次「餅でも買ってやろう。こい、こい」

と、五文餅を五ツ六ツ買ってやりながら、いよいよ図にのって、

弥次「なんと長松。よく知っているだろう」

長松「アイ、アイ」

と、餅をせしめて、むしゃむしゃと食う。そのうちに長松の連れの伊勢参り、これも十四、五の前髪の小僧が後から長松に呼びかける。

連れの小僧「オオイ、オオイ、長松やァい、島松やァい」

長松「こっちへ来さいの、来さいの」

連れの小僧「おぬしゃァ餅を、おれにもくれさい」

長松「先へ行く人に買ってもらえ。なんでもあの衆が、おらが国さァの話をするのを、ただアイアイと返事していると、じきに餅さァ買ってくんなさるはちゃァ」

連れの小僧「オィ、おらも買ってもらうべい」

と、駆け出して弥次郎兵衛に追いついて、

小僧「わしにも餅を買ってくれさい」

弥次「手めえはどこだ」

と、笠の書き付けを見て、

弥次「ハヽァ、これも奥州、下坂井村。コレ手めえの村に与茂作と言う親仁があろう」
  (当時大当たりした浄瑠璃の「碁盤太平記白石噺」から思い付いたいい加減な人名と村名)

小僧「先に餅を買って呉れさい。そうしなけりゃァ、あんたの言うことが当たり申さない」

弥次「かってにしやァがれ。ハヽヽヽヽ、ハヽヽヽヽ、」

喜多「弥次さん、こいつは小僧どもにかつがれたな。ハヽヽヽヽ」

と、大笑いしながら行くほどに、早くも程ケ谷(保土ヶ谷)の宿につく。

旅雀をつかまえようと、道の両側の宿屋が、餌鳥に出しておく客引きの留め女たちの顔は、さながらお面をかぶったように、真っ白に白粉を塗りたてて、いずれも井の字絣りの紺の前だれをしめているのは、さてこそ昔この宿を帷子の宿と呼ばれていたためかもしれない。

旅人を乗せた馬方がくたびれた声で、

富士の人穴 馬でも入る なぜにお方にゃ 穴がない ドゥ ドゥ
(あのお方さま<女>は身体を許してくれないということ)

留女「馬子どん、お泊りかな」

馬子「イヤ、旦那は武蔵屋にお泊りだが、おまえの顔を見たらソレ、この畜生めが泊りたがらァ。ソレソレ」

と、馬の鼻面をたたけば、

「ヒヽ、ヒンヒン」

と、いなないて通り過ぎると、後から旅人二、三人来る。

留め女「もし、お泊りかえ」

と、ひっ捕らえて手をひっぱる。

旅人「コレ、手がもげらァ」

留め女「手はもげてもようございます。お泊りなさいませ」

旅人「馬鹿ァ言え。手がなくちゃァおまんまが食われねえ」

留め女「お飯のあがられねえほうが、お泊め申すにゃァなおいいつごうさ」

旅人「エヽいまいましい。放さぬか」

と、ようように留め女をふり切って行くと、また後からくるのは旅の僧、

留め女「お泊りかえ」

旅僧、この女の顔を見て、

旅僧「いや、もうちっと先へ参ろう」

と、この後からペるのは田舎から出てきて諸国の神仏霊場を巡礼する二人づれ、

留め女「お泊りなさいませ」

田舎巡礼「旅篭質さァ安けりゃ泊りますべい」

留め女「お旅篭貨は二百文づつ」
   (二百又は当時の旅篭賃の平均の値段)

田舎巡礼「イヤイヤ、そうは出し申さない。その代わり湯はぬるくてもよくござる。御膳のお平椀はついぞ、お代わりして食ったこたァござらないが、飯と汁はたった五、六杯づつも食やァそれでハァ よくござるわ。その代わりにゃァ、あしたの昼食は、この柳行李にいっぱいに詰めてもらえば、もうほかにはなんにもいり申さない。旅篭賃は百六十文ヅッも出し申そう」

留め女「そんならほかへお泊りなさいませさ」

田舎巡礼「ハァ、泊めねェなら行きますべい」

と、通り過ぎる。

弥次郎兵衛と喜多八は、このようすを初めから面白がって見ていたが、興に乗って弥次郎兵衛またまたこじつけて一首詠む。

 お泊りはよい程が谷と留め女、戸塚前ては放さざりけり
(程が谷は戸塚の手前の宿なので、とっ捕まえてを戸塚前てとこじつけた)

 と、笑って通り過ぎるうちに、品野坂(横浜市保土ヶ谷区)と言うところに着く。ここは武蔵の国と相模の国の境なりと聞いて、

 玉くしげふたつにわかる国境 ところ変われば品野坂より
(玉くしげは二つにかかる枕言葉、下の句は所変われば品かわるのもじり)

 すでにはや日も傾いて西の山の端に近づいたので、戸塚の宿で泊りにしようと急ぎ行く道すがら、

弥次「コレ喜多八、待たっせえ。話があらァ。なんでも道中の旅篭では、やたらに飯盛を勧めてうるせえから、ここに一つはかり事がある。おいらはいい年の親仁だし、ぬしゃァ廿代と言うもんだから、おいらとは親子といっても、いいくらいだによって、これからは泊り泊りの宿では、なんと二人は親子のつもりにしょうじゃねえか」

喜多「オヽ、これは妙だ。なるほど、それじゃァ宿も飯盛をすすめねえでいい。そんなら弥次さんをおとっさんというのか」

弥次「そうさ。貴様は万事を息子きどりだが、それで承知の助か」

喜多「よしよし。そう言ってまた、いい女でもあつたら、この息子をだしぬくめえよ」

弥次「エヽ、馬鹿いわっし。おやもう戸塚だ。旅篭は笹屋にしようか」

喜多「父っさんや」

弥次「なんだ」

喜多「ここじゃァ根っから、お泊りなせえといって、引っぱらねえの」

弥次「ほんにそのはずだ。ここはどなたか、お大名のお泊りとみえて、みな宿屋に札が貼ってある」

喜多「コレ、向こうの家が粋だぜ」

弥次「コレサ姐さん、泊めてくれる気はなしか」

旅篭の女「イエ、今晩はお大名がたのお泊りで、相宿はなりませぬ」
   (相宿…一部屋に別々の何人も入れ込みで泊めること)

弥次南無三。そうだろう」
   

と、だんだん宿を探したが、皆ふさがって泊めてくれぬゆえ、大いに困って、まごつきながら歩くうちに一首詠む

泊めざるは宿を疝気と知られたり 大金玉の名ある戸塚に
(宿をせんきは、宿をせぬ気と言うこと。戸塚の宿には、元禄の頃から何代もの、象皮病で巨大な睾丸になった乞食が住みついて街道筋で物乞いをしていたので、戸塚の大金玉と言えば誰でも知っている名物だった。当時は大金玉になった原因は、疝気と言う病気とされていたのでこう洒落たのである)

それより宿はずれに至ると、ようやく相宿のないらしい旅篭屋があつたので、ここに頼んで、

弥次「なんとか、わしらを泊めてくんなせえ」

宿の亭主「お二人かえ。お泊りなさりませ。当宿は宿屋はみなふさがりましたが、私かたばかりはお大名のお宿の割り当てに当たりませぬ」

弥次「こんなにきれいな家を、なぜ当てねえの」

亭主「私方は新宅でござります。ソレおなべ、お足を洗うお湯はどうだ」

と、この家の女中がたらいに湯をくんで持ってきて、二人の柳行李と風呂敷包を座敷へはこぶ。

喜多「コレ弥次さん、じやァねえ父っさん。おめえ、草鞋も一緒にしておこうか」

弥次「オヽ、そしておれの脚絆もざっとゆすいでおきや」

喜多「ナニ脚絆をゆすげって」

と、ちょっとムッとして弥次郎の顔を見ると、弥次郎が目つきで親子のつもりを知らせるので、ぶつぶつ小言をいいながら、喜多八は脚絆を洗い終わり、

喜多「姐さん。茶を一つヅツくんな」

と、座敷へとおる給仕の女が盆に茶を二つ持ってきて、

「すぐにお湯にお召しなさいやせ」

弥次「コレあの女の面ァ見たか。真ん中が凹んで、なんのことはねえ、沓脱石の馬蹄石というもんだ」
  (沓脱石…庭の縁先などに据えて庭下駄などを履いたり脱いだりする石)
  (馬蹄石…庭石に使われる黒くて堅い銘石で、たいてい真ん中が少し凹んでいる)

喜多「そりゃァそうと、弥次さん」

弥次「ソレ女が来たワ」

喜多「オット父っさん、湯へはいらねえか」

と、この間に女が盃を持ってくる。

弥次「オヤ、言いつけもしないのに酒か。江戸者は気前がいいと見ると、どこでもこうするには閉口だ」

喜多「ナゼ、酒を出しゃァ、別に銭を取るのか」

弥次「知れたことよ」

と、言いながら手ぬぐいを取って湯へはいる。しばらくすると、女がまた硯蓋の料理とお銚子を持ってきて、ひとりでいる喜多八に、
   (硯蓋…酒の肴や菓子などをのせる、浅くて長方形の皿の一種)

「お一つ召し上がりませ」

喜多「これは御馳走だ。コレ、おいらが親父に、早く湯から上がらっせェといってくんな」

「ハイ、さよう申しましょう」

と、立って行く。そのうちに弥次郎兵衛は湯から上がって、

弥次「ハヽァなんだ。コリャァ飲めるワ。コレ手めえ、早く湯にはいってきやれ」

喜多「イヤ。飲んでからはいろう」

弥次「エエ、手めえも意地の汚ねえもんだ。はいってきやれな」

そこで喜多八も湯にはいる。そこへ亭主が出てきて、

亭主「これは何もござりませぬが、一つ召し上がりませ」

弥次「イヤ御亭主さん、これでは迷惑だ」

亭主「イエ、時に、実はかようなことでござります。私方は今までは、ほかの商売をいたしておりましたが、こんど旅篭屋になりまして、すなわち今日が店開きでござります。あなた方は初めてのお客様ゆえ、それで祝って、一つ差し上げますのでござりますから、別に御酒代をいただくのではござりませぬ。お心おきなく召し上がってくださりませ」

弥次「イヤそれはまずおめでたい。しかし御馳走になっては、ちかごろ気の専だ」

亭主「ナニサご遠慮なう、いまにお吸物もできます」

弥次「イヤもうおかまいなさるな」

亭主「ハイごゆるりと」

と、いい捨てて亭主は立ってゆく。喜多八は風呂から出てきて、

喜多「ようすは残らず、あれにて聞いた。親方、ただとはありがたえ」

と、歌舞伎役者の声色きどりでいう。

弥次「コレ酒落ずと、もういっペん湯へはいって来やれ。そのうちに、みなおれが飲んでしまわァ」

喜多「そうだろうと思って、湯へはいっていても気になって、洗うのも本気になれねえ。オヤ、足はまだ土だらけだ。ままよサア始めねえ」

弥次「もうとっくに始めていらァ。ドレもう一つ、始めなおしてから盃を差そう」

喜多「イヤ、おいらはこれだ」

と、茶碗にそそいで息もつかずにぐっぐっとやらかし、

喜多「アヽいい酒だ。ときに肴は、ハヽァ、蒲鉾も上物の白板だ、鮫じゃァあんめえ。梅酢の漬生姜に車海老、野暮じゃァねえ。コレ父っさん、この塩漬けの紫蘇の実がいっちうめえ。おめえはこればっかり食いなせえ」
  (蒲鉾も上物の白板だ=・蒸しただけで焼かないので、板が焦げていない蒲鉾が関東風の白坂。材料に鮫を使うのは下等品。上物は白身のキスや明、烏賊、海老などを使う)
  (いっちうめえ…いちばんうまい。いっちは第一にの意味。江戸っ子が頻繁に使う言葉)

弥次「ばかァいえ。そりゃァあとへ残るに決まったもんだ。ときにもう、吸物が出そうなものだ」

喜多「待ちなよ」

と、喜多八が襖のあいだからお勝手のほうをのぞいて、

喜多「出る、出る、いまお椀によそっていらァ。オヤ南無三、あれは神様へ上げるのだ。イヤァ来るぞ来るぞ」

と、座った膝を直していると、やがて女が吸物を持って出てきて、

「お銚子を替えましょう」

と、空になった銚子を持って行く。二人ともすぐに吸物椀の蓋をとって、

喜多「オヤ赤味噌たァ洒落てらァ。よもや辛いばかりの安物の玉味噌じゃァあんめえ。ときに銚子の酒はどうした」
   (玉味噌…大豆の味噌ではなく、そら豆と塩だけで麹を入れない田舎の味噌)

弥次「せわしねえ奴だ。たった今持って行ったばかりだ」

喜多「もう来そうなものだ」

と、この間に女が銚子を持ってくると、二人とも飲めるロだから、差しつ差されつして飲むうちにだんだんに酒がまわって、親子の挨拶もなんだか無茶苦茶になる。

喜多「コレ姐さん、ちっと相手をしてくんな」

「私はいっこうにお酒は飲めませぬ」

喜多「はてさ、コレそういわずと、そして今夜おめえと、ちょっとナ。これが一夜の契りの固めの盃だ。ノウ父っさん」

弥次「せがれめは、もう酔ったそうな」

喜多「ナニ、酔ったそうなとは気が強え。アノ親父のつらはよ、ハヽヽヽヽ」

と、まき舌で洒落のめす。女は胆をつぶしながら、受けた盃を飲み干して、弥次郎兵衛のほうに返して そちらに注ぐので、

喜多「エヽ、親父の畜生め、女から思いざしにあずかったな。コレお女中、後には頼みます」

と、喜多八は女にしなだれかかる。女はあきれて早々に逃げ出して行く。

弥次「コレ貴様ァ悪い男だ。女の前であんなことを言うねえ」

喜多「ナゼ言っちゃァ悪いか。悪かァ言うめえ。おらァアノ太えもんめが、おかしな目つきでおらの気を引くから、もう親子の縁が切りたくなった」

と、この間に膳も出て、さらにいろいろなことがあったが、あまり事がくだくだしいので、ここは略す。

なまじいに親子のふりなどしていたので、旅篭の女はそれを本当と思って、何を言っても取りあわない。二人ともいまさらに、それぞれに一人寝の枕さみしく打ちふして寝たが、夜のふけ行くままに宿の勝手元も静かになると、なにやら宿の山の神(宿の女房)の小言いう声ばかり聞こえて、二人とも寝つかれない。

そのうえ看ている夜着にあかつきにかけて、這いまわる千手観音の御利生あらたかに、かゆいこと限りない。手の届かない裾からは、襖をもれる夜嵐が吹き込むのもうるさくて、ほろ酔いの酒もさめて、いま思いめぐらせば、独り寝にお飯櫃の回らないのも、飯盛りの杓子あたりが悪いためか。
  (夜着にあかつきかけて…あかつきは明け方の意味の暁と、夜着に垢つきとの二つにかける)
  (千手観音…しらみのこと。しらみの形が仏像の千手観音に似ている。独り寝以下の文句は、飯盛女が買えなかった恨み言)

 仮の親子などとふるまったために、女が本当と思い込んで、かえって、二人で飯盛女を買って二百文づつの散財の損をせずに済んだのは、金運の徳がついたかとおかしくなって、弥次郎兵衛は寝床で一首、

 一筋に親子と思う女より ただ二筋の銭もうけせり
(二筋は、さし銭で二百文のこと。一文銭九十六枚を藁縄にシテ挿して縛ったまま、一筋を百又として適用させる。五十文なら四十八枚である。これを緍銭・さし銭と言う。ばら銭なら百文は一文銭百枚だが、さし銭なら四文が得になる。当時は波銭と言う四文銭が標準の通貨だったので、四の倍数に合わせる便宜のためと言う)

こう口ずさんで、打ち笑いながら、首を傾けた堅い箱枕の耳の根に、痛くも響く夜明けの鐘の音。早くもおもてには助郷馬のいななく声が「ヒィン、ヒィン」、馬の屁の音が「プゥプゥブゥ」。

そこにまた長持人足の唄声、

 竹にさァ 雀はァなァんあえェ
 オイオィ どうする どうする

この間に弥次郎も喜多八も起きてくれば、やがて朝飯の膳も出る。ここにもいろいろあったが、あまりくだくだしいので略す。
 それより二人はそこそこにしたくして宿を出ると、向こうから続いて来る大名の長持の行列がひきも切らない。人足の唄声が、

 箱根さァ 八里イはなァんあェ

 アッアッ どうだか どうだか

喜多「弥次さん見ねえ。重そうな物をよくかつぐぜ。アノ尻を振るざまァねえな」

弥次「あの手合いが尻を振りまわすのを見たら、チト気がふさいできた」

喜多「なぜ、なぜ」

弥次「死んだ女房がことを思い出して」

喜多「おきゃァがれ。おめえらしいや。ハヽヽヽヽ」

と、この間に向こうから、ちょんがれ坊主が、破れた扇で手を叩きながら、二人に近寄ってくる。
   (ちょんがれ坊主…浪花節の元祖と言う、ちょんがれ節とかちょぼくれ節というこっけいな唄を、早口で唱えて踊りながら乞食して歩く願人坊主)

坊主「ヒャァ御繁盛の旦那方、一文やって下しゃいませ」

弥次「寄りつくな、寄りつくな」
   (物ごいする乞食などを追い払うときの決まり文句)

坊主「とことことこ、よいとこな」

喜多「コレ寄りつくなというに。銭はねえわ」

坊主「ナニないことがござりやしょ。道中なさるお方には、なくてかなわぬ銭と金、まだも杖笠蓑桐油、なんぼ始末な旦那でも、足一本では歩かれぬ。そのうえ田町の反魂丹、コリヤ幸手屋のしらみ紐、越中ふんどしの掛けかえも、なくてはならぬそのかわり、古いやつは手ぬぐいに、お使いなさるがお徳用」

と、ちょんがれ節で大騒ぎする。
 (田町の反魂丹…江戸の芝の田町の薬屋が売り出す丸薬で、腹痛など急病にきくという旅人の必携の薬)
 (幸手屋のしらみ紐…江戸小伝馬町の幸手屋で売出した、しらみ除け薬を塗った腹巻き)

弥次「エヽやかましい。ソレやろう」

と、弥次郎兵衛は、小銭入れの財布から銭一枚を放りだす。

坊主「コリャ波銭とはありがたい」

弥次「ヤ四文銭か。南無三宝、三文釣りをよこせ」

坊主「ハヽヽヽヽ」

弥次「いまいましい」

と、この間に早くも藤沢の宿に着いたので、まず宿場の外れの棒鼻の怪しげな茶店に一休みする。

喜多「婆さん、団子は冷てえか。チト暖めてくんな」

茶屋の婆「ドレ焼きなおして進ぜますべい」

と、消し炭の火をかきたてて探し、灰の立つのもおかまいなしにあおぎたてる。その間に弥次郎、喜多八の二人は、ほこりをはたきながら煙草をのんでいると、そこへ合羽を着て風呂敷を背負った六十歳あまりの親仁が、店先に立ち止まって、

親仁「モシちっとものを問いますべい。江の島へはどう行きます」

弥次「おめえ江の島へ行きなさるか。そんならコリョ真っすぐ行っての、遊行さまのお寺の前に橋があるから」
  (遊行さまのお寺…藤沢の清浄光寺。一遍上人の開山。時宗の総本山。歴代の住職が遊行托鉢の旅に出るので遊行上人と言い、寺も遊行寺と呼ばれるようになった)

喜多「はんに橋といやァ、たしかその橋の向こうだっけ。粋な女房のいる茶屋があったっけ」

弥次「ソレソレ去年おらが山へ行ったとき泊まった家だ。アノ女房は江戸者よ」
  (山へ行った…相模国大山の雨降山石尊大権現にお参りした。落語の大山参りのこと)

喜多「どうりで気がきいていらァ」

親仁「モシモシ、その橋からどう行きます」

弥次「その橋の向こうに鳥居があるから、そこをまっすぐに」

喜多「曲がると田圃へおっこちやすよ」

弥次「エヽ手めえ黙っていろ。ソノ道をずっと行くと、村はずれに茶屋が二軒あるところがある」

喜多「ほんにそれよ。よく腐ったものを食わせる茶屋だ」

弥次「ソリヤァ手めえのいうのは右側だろう。左側の家はいいわな。去年おらが行った時、ピチピチする鯛の焼き物、それに大平椀が海老のはね出るやつに、玉子と慈姑と大椎茸に、そして」

親仁「モシモシ、わしはそんなものは食わずとようござる。そこからまたどう行きます」

弥次「そこをずっと行きあたると、石の地蔵さまがありやす」

喜多「アノ地蔵さまはの願が利くそうだ。おらがほうのへたなすがあれでなおった」
  (へたなす…うらなりの小さい茄子のようなしなびた子供)

弥次「ほんに瘡といやァ、新道の金箔屋の狸吉めは、草津へ行ったっけが、どうしたかしらん」

喜多「あれは大福町に所帯を持っていらァ」

弥次「大福町というはどこだ」

喜多「大福町はおいらが通りを真っすぐに、当座町へ出て、判取町から店賃町を適って、地代屋敷の算盤橋を渡ると、そこが大福町だ」
   (大福帳、当座帳、判取帳、店賃帳、地代、算盤、みな町の名に商店の帳簿などを織り込んだ悪ふざけ)

親仁「そんなことよりゃァ江の島へ行く道を教えてくんさい」

弥次「ほんにそうだっけ。その地蔵さまから、大福町をまっすぐに行くとの」

親仁「江の島へ行くにも、そんな町がござるか」

弥次「イヤイヤこりゃァ江戸の町だっけ」

親仁「エヽこの衆は、お江戸の事は聞き申さない。らちもない衆だ。ドレ先へ行って聞きますべい」

と、ぶつぶつ小言をいいながら行ってしまう。

喜多「ハヽヽヽヽ」

と、この家のあるじの婆、焼きなおした団子を四、五串盆にのせて持って出る。

弥次「こいつは黒い団子だ」

と、いいながら、一と串取りあげてみれば、消し炭の火が団子にくっついているゆえ、わざと火のついているのを隠して、喜多八のほうへ差し出して、

弥次「コレ手めえ、焦げたやつがよかろう」

喜多「ドレドレ」

と、口もとへあてがい、

喜多「アヽツヽヽヽヽ婆さん、アツヽヽヽヽヽ、とんだ目にあわせた。コレ団子に火がくっついて、アヽぴりぴりする」

弥次「ハヽヽヽヽヽ、手めえはあったかなのがよかろうと思って、火のついていたのをやったわ」

喜多「エヽいまいましい。ペッペッ」

弥次「サァ行こう。婆さんお世話さん」

と、茶代を置いて、ここを出て藤沢の宿へはいると、両側の茶屋の客引きが口をそろえて、

茶屋女「お休みなさいやァし。酔わない酒もござりやァす。ぱりばりする強飯をあがりやァし」
  (強飯はばりばりしては美味くない。ねばりがあるほうが美味い。わざと反対に言っている)

馬方「旦那、生きた馬はどうだ。安くやりましょう。馬は達者だ。跳ねることは受け合いだ」

駕篭かき「駕篭ァよしかの。旦那、戻り駕篭だ。安く行きましょう」

駕籠(かご)

弥次「駕篭はいくらだ」

駕篭かき「三石五十文」

弥次「高い高い、百五十なら乗らねえで、おらがかついでいかァ」

駕篭かき「百五十に負けますべい」

弥次「負けるか。ドレドレこの草鞋をそけえつけてくだせえ」

駕篭かき「おめえ乗るのかえ。百五十でかつぐと言わしゃったじゃァねえか。そんだんで、片棒わしがかついで、おめえから百五十取るのだ」

弥次「ハヽヽヽヽこいつはいい、エイわ。そんなら二百か」
  (二百…駕篭かき仲間の符丁で二百のことをじばと言う)

駕篭かき「安いが行きますべい、ナァ棒組。サァ召しませ」
  (棒組…後の棒をかつぐ相棒の駕篭かき)

と、駕篭の値が決まって、弥次郎兵衛はここから駕篭に乗って出かける。

先棒「棒組やヽ旦那は堅いぜ」

後棒「しっかり構えていさっしゃるもんで」
  (弥次郎が駕篭に乗り馴れないらしく、姿勢がぎごちなくて、かつぎにくいとの駕篭屋のやりとり)

と、この家の亭主が駕篭かきの名を呼びながら、

亭主「オヽイ、オヽイ、梅沢の佐渡屋へ、ちょっくりそう言っておくんなさい。このあいだの新酒は、あんまり水の混ぜようが少ない。今度から、水へ酒をちっと混ぜておくんなさいと、言ってくんさいョ。ソレなにか落ちたァ」

駕篭かき「アイアイ」

と、かつぎ出す。

弥次「コレ貴様たちゃァ藤沢か。アノ宿も大分きれいになったの。問屋の太郎左衛門どのは達者かの」

先棒「よく旦那は知ってござる。ずいぶん達者でいられます」

弥次「孫七どのは、まだ勤めているかの」

先棒「アイサァ。旦那はなんでも明るいもんだ」

後棒「べらぼうめ。知っていやしゃるはずだ。駕篭の中で道中記を見ていさっしゃるわ。ハヽヽヽヽ」

と、この間に早くも馬入川の渡しに着く。喜多八が、ここはなんという川かと近くの人に問うと、ただ渡し場とばかり答えたのを、弥次郎が聞いて一首詠む。

 川の名を問へば渡しとばかりにて 入が馬入の人のあいさつ
(仏教に入我我入と言うことばがあり、意味は我が悟れば人も悟る、それから転じて、みんな同じで区別がつかないの意味に使われる。これをただ渡し場とばかりで区別がつかないにひっかけて、川の名にもこじつけて〈入が馬入>と語呂合わせした)

 この川は、甲斐の国の猿橋から流れ落ちるとのこと。やがて向こう岸に渡って、道をたどり行くほどに、ここに白籏村と言う村がある。その昔、源義経の首が飛んできたのを祭り込めた白籏宮という社が今もあるという。弥次郎がその話を聞いて、

 首ばかり飛んだはなしの残りけり ほんのことかはしらはたの宮
(とんでもない話と飛んだ話とをかけ、本当のことかは知らないと白籏宮にかけている)

 それより大磯にいたると、虎が石を見て今度は喜多八が一首詠む。

 この里の虎は薮にも剛の者 重しの石となりし貞節

 弥次郎兵衛もとりあえず一首、

 去りながら石になるとは無分別 ひとつ蓮の上にや乗られぬ
(大磯宿の延命寺に虎子石というものがある。曽我兄弟の弟の曽我十郎の愛人だった遊女の虎御前が、十郎の死後に悲しんで石になったと言いつたえる。喜多八の歌は<野夫にも功の者>民間にも功労者がある、と言う句に語呂合わせして<薮にも剛の者>といい、虎は薮に住むから、虎御前も恋人の曽我十郎のように剛の者だと名前からこじつけたもの。弥次郎兵衛の詠んだのは、そうは言っても、石になってしまっては重くなって、極楽で恋しい十郎と一つの蓮の花の上に乗れないから、いささか無分別ではないかとふざけた)

 このように楽しくやりながら、大磯の町を行きすぎて、西行法師の歌「心なき身にも哀れは知られけり鴫立沢の秋の夕暮れ」の名所の鴫立沢にいたる。ここには鎌倉時代の文覚上人が刀造りで刻んだという、名高い西行法師の木像をまつる西行堂がある。二人は堂に参って一首手向ける。

 われわれも天窓を破りて歌詠まん 刀づくりなる御影拝みて
(文覚上人は出家前は遠藤盛遠、西行法師は佐藤義清と言い、ともに京都の御所を護る勇猛な北面の武士だったと伝える。文覚がなにかのことで西行を憎んで、頑を打ち割るべしといったという話にひっかけて、われわれも天窓を破るといい、これに脳みそを破れるほどしぼって、考え抜いての意味も含める。刀は鉈で割るの縁語)

 春の日の旅ののどかさは、長あくびであごの掛け金もはずれるばかり、眠い目をこすりながら、

喜多「アヽ退屈した。ナント弥次さん、道みち謎なぞを掛けよう。おめえ謎を解くか」

弥次「よかろう。掛けて見やれ」

喜多「外は白壁、中はどんどんナァニ」
  (子供の遊びのやさしい謎々で、答は行灯、白紙のなかで火がどんどん燃える)

弥次「べらぼうめ。そんな古いことより、おれが掛けようか。コレ、手めえとおれと連れだって行くと掛けて、サァなんと解く」

喜多「ソリヤァ知れたこと。伊勢へ参ると解く」

弥次「馬鹿め。これを馬二匹と解く」

喜多「なぜ」

弥次「どぅどぅだから」
  (馬を追うどぅどぅの掛け声と、二人が同道の語呂合わせで解いた)

喜多「ハヽヽヽヽヽ。そんなら、おいら二人が国どころナァニ」

弥次「神田の八丁堀、家主与次郎兵衛店と解くか」

喜多「エヽ下手な洒落だんな。これを豚が二匹と犬ころが拾匹と解く」

弥次「その心は」

喜多「ぶた二ながらキャン十もの」
  (地口の語呂合わせで、二人ながら関東者)

弥次「おきやァがれ。コレ今度は難しいやつをいおう。そのかわり、手めえ解かねえと酒を買わせるがいいか」

喜多「解いたらおめえが買うか」

弥次「知れたことよ」

喜多「こいつァ面白い」

弥次「ちっと長いぜ。マァこうだ。おいら二人が国どころと掛けて、これを豚が二匹、犬ころが拾匹と解く、その心は、ぶた二ながらキャン十もの、サァこれナァニ」

喜多「ハヽヽヽヽ、そんな謎があるものか」

弥次「べらぽうめ。ありゃァこそ掛けるわ。解いて見ろ」

喜多「どうしてそれが知れるもんだ」

弥次「知れざァ言って聞かせよう。これを色男が自分の帯をとって、女にも帯をとらせると解く」

喜多「豪気に難しいナ。その心は」

弥次「ハテ、解いたうえでまた解かせるから。なんと奇妙か。サァサァ酒を買え、酒を買え」

喜多「待ちなよ、仕返しをやらかそう。おれがのもちっとばかり長い。マァかいつまんだところがこうだ。おいら二人が国どころと掛けて、これを豚が二匹、犬ころが拾匹と解く、その心は、ぶた二ながらキャン十もの。これをまた、色男が自分の帯をとって、女にも帯をとらせると解く。またその心は、解いたうえで解かせるから、サァこれナァニ」

弥次「ハヽヽヽヽ、途方もねえ、長い謎だぞ」

喜多「どうだ弥次さん、知れめえがの。これを衣桁のふんどしと解きやす」

弥次「その心はどうだ」

喜多「解いては掛け、解いては掛け」

二人「ハヽヽヽヽ」

高笑いしながら歩むともなく、いつの間にか曽我中村、小八幡の八幡宮をも行き過ぎて、酒匂川にさしかかれば、ここで一首

われわれは二人川越二人にて 酒匂の川に〆て酔うたり
(弥次喜多二人と川越人足二人の四人と、酒の匂いに酔うたりの語呂合わせの地口になっている。〆ては合計の意味である)

 この川を越えて行けば、小田原宿の客引きたちが早くも道に待ちうけて、

客引き「あなた方はお泊りでござりますか」

弥次「貴様は小田原か。おいらァ小清水か白子屋に泊まるつもりだ」

客引き「今晩は両家とも、お泊りが一杯でござりますから、どうぞ私方へお泊りくださいませ」

弥次「貴様のところはきれいか」

客引き「さようでござります。このあいだ建て直しました新宅でござります」

弥次「座敷は幾間ある」

客引き「ハイ、十畳と八畳と、店が六畳でござります」

弥次水風呂は幾つある」

客引き「お上と下と二ツづつ、四ツござります」

弥次「女はいく人いる」

客引さ「三人ござります」

弥次「女のきりょうは」

客引さ「ずいぶん美しうござります」

弥次「貴様はご亭主か」

客引き「さようでござります」

弥次「お神さんは有りやすか」

客引き「ござります」

弥次「宗旨はなんだの」

客引き「浄土宗」

弥次「寺は近所か」

客引き「イエ遠方でござります」

称次「葬礼は何時だ」

喜多「コレ弥次さん、おめえもとんだことを言うもんだ」

弥次「ハヽヽヽヽ、ツイ口がすべった。ハヽヽヽヽ」

と、だんだんに打ちつれて、ほどなく小田原の宿へはいると、町なみの両側の宿の留め女、

「お泊りなさいませ、お泊りなさいませ」

と、呼び立てる声やかましく、弥次郎はしばらく考えて、

梅漬けの名物とてや留め女 口を酸くして旅人を呼ぶ
(小田原の名物の梅干しにかけている)

 この宿のもうひとつの名物のういろうの店の近くになって、
  (ういろうは、小田原宿の虎屋藤右衛門が売り出す外郎、また透頂香とも言う名高い丸薬で、喉の咳・痰の薬。現代の仁丹のような口中の清涼剤でもある。江戸にも出店があった)

喜多「オヤここの家は屋根に大分凸間凹間のある家だ」
  (屋根が出たり引っ込んだり。虎屋は八つ棟造りと言う特殊な屋根の大きな建物だった)

弥次「これが名物ういろうの店の虎屋だ」

喜多「一つ買って見よう。うまいかの」

弥次「うまいにきまってらァ。あごが落ちらァ」

喜多「オヤ餅かと思ったら、薬屋の店だな」

弥次「ハヽヽヽヽ、こうもあろうか」

 ういろうを餅かとうまくだまされて こは薬じゃとにがい顔する
(薬とは別に、甘い菓子のういろう餅と言うものがある。だまされたにがい顔と、薬がにがいとにかける)

 と、やがて宿屋に着いたので、亭主は先に駆けだして家にはいりながら、

亭主「サァお泊りだよ。おさん、おさん、お湯をとってあげろ」

宿の女房「お早うございます」

と、茶を二つくんで持ってくる。その間に女中のおさんが、たらいに湯を入れて持って来る。弥次郎は女の顔を横目にちらと見て、小声で喜多八に呼びかける。

弥次「見さっし。まんざらでもねえの」

喜多「あいつ今宵ぶっちめよう

弥次「太えことをぬかせ。おれが締めるわ」

喜多「ソレおめえ、草鞋もとかずに足を洗うか」

弥次「オヤほんに、ハヽヽヽヽ」

喜多「エヽ湯をだいなしに真っ黒にした」

と、小言をいいながら足を洗い、すぐに座敷へ通ると、女が二人の柳行李や三度笠を持ってきて、床の間に置く。

喜多「コレコレ女中、煙草盆に火を入れてきてくんな」

弥次「オヤ手めえもとんだことをいうもんだ」

喜多「なぜ、なぜ」

弥次「煙草盆へ火を入れたら焦げてしまわァ。煙草盆の中にある、火入れの内へ、火を入れてこいというもんだ」

喜多「エヽおめえも言葉とがめをするもんだ。それじゃァ日の短い時にゃァ、煙草をのまずにゃァならねえ」

弥次「ときに、腹が北山だ。今飯をたくようすだ。らちの明かねえ」

喜多「コレ弥次さん、おいらよりゃァおめえ文盲なもんだ」

弥次「なぜ」

喜多「飯をたいたら、粥になってしまうわな。米をたくといえばいいに」

弥次「ぱかァぬかせ。ハヽヽヽヽ」

と、この間に女が煙草盆を持ってくる。

喜多「モシ姐さん、湯がわいたらはいりやしょう」

弥次「ソリャ人のことをいう。うぬが何にも知らねえな。湯がわいたら熱くてはいられるものか。それも、水が湯にわいたらはいりやしょうとぬかしおれ」

この間に宿の女、

「モシお湯がわきました。お召しなさいませ」

弥次「オイ水がわいたか。ドレはいりやしょう」

と、すぐに手ぬぐいを下げて風呂場へ行ってみると、この旅篭屋の亭主は上方者とみえて、水風呂桶は、上方ではやる五右衛門風呂という風呂である。

五右衛門風呂

図のごとくに、土で竃を築きたて、その上に餅屋で銅鑼焼きを焼くような、薄っペらな鍋をかけて、それに水風呂桶をのせ、まわりを湯が漏らないように漆喰で塗り固めた風呂である。それゆえ、風呂をわかすのに薪は少なくてすむし、徳用第一の風呂である。近江の国の草津、大津あたりから西の国はみなこの風呂である。すべてこの風呂には蓋というものがなく、底板が上に浮いているから、それが蓋の代わりにもなって、早く湯がわく理屈である。湯にはいるときは、底板を下に沈めてその上に乗ってはいる。弥次郎はこの風呂の勝手を知らないので、底板が浮いているのを蓋と思い込んで、何心なく取りのけて、ずっと片足を踏み込んだところが、釜の底が直にあたるから、ひどく足の裏をやけどして胆をつぶし

弥次「アツヽヽヽヽ、こいつはとんだ水風呂だ」

と、いろいろと考えて、これはどうして入るのかと聞くのも馬鹿々々しくて、外でからだを洗いながらそこらを見渡すと、雪隠のそばに下駄がある。

こいつは面白いと、その下駄をはいて湯の中へはいり、洗っていると、喜多八が待ちかねて湯殿をのぞくと、弥次郎はゆうゆうと、お半長右衛門の浄瑠璃などうなっている。

弥次「お半なみだの露塵ほどもゥ・・・・・」

喜多「エヽあきれらァ、どうりで長湯だと思った。いいかげんにあがらねえか」

弥次「コレちょっと、おれが手をいぢってみてくれろ」

喜多「なぜに」

弥次「もうゆだったかしらん」

喜多「いい気なもんだ」
  (野菜などのゆでぐあいを見るのに、ちょっと端っこをつまんでみることからの洒落)

と、座敷へはいる。この間に弥次郎は湯から上がって、かの下駄を片隅に隠して、素知らぬ顔で、

弥次「サァはいらねえか」

喜多「オットしめた」

と、早々に裸になり、一目散に水風呂に片足を突っ込み、

喜多「アッツヽヽヽヽ、弥次さん、弥次さん、たいへんだ。ちょっと来てくんな」

弥次「そうぞうしい。なんだ」

喜多「コレおめえ、この風呂へはどうしてはいった」

弥次「馬鹿め、水風呂へはいるのに、別にはいりようがあるものか。まず外で金玉をよく洗って、そして足から先へ、どんぶりこっこ、すっこっこ」

喜多「エヽ洒落なさんな。釜が底にじかにあって、これがはいられるものか」

弥次「入られりゃァこそ、手めえの見た通り、今までおれがはいっていた」

喜多「おめえどうしてはいった」

弥次「ハテしつこい男だ。水風呂へはいるのに、どうしてはいったとは何のことだ」

喜多「ハテ面妖な」

弥次「難しいこたァねえ。初めのうち、ちっと熱いのを辛抱すると、後にはよくなる」

喜多「馬鹿ァいいなせえ。辛抱しているうちにゃァ、足が真っ黒に焦げてしまわァ」

弥次「エヽらちのあかねえ男だ」

と、心のうちはおかしさにこらえきれずに座敷へ帰る。喜多八はいろいろと考えて、そこらを見回して弥次郎が隠した下駄を見つけて、ハヽァ読めたと心にうなづき、すぐにその下駄をはいて水風呂の中へはいり、

喜多「弥次さん、弥次さん」

弥次「なんだ、また呼ぶか」

喜多「なるほどおめえのいうとおり、じっくり入って見るとちっとも熱くはねえ。アヽいい心持ちだ。あわれなるかな石童丸は、ヅレヽン、ヅレヽン」

と、デロレン祭文の石童丸の一節をうなっている。
  (浪花節の起源の一つとも言う願人坊主が唱える物語風の歌祭文。ヅレヽンは琵琶の口真似で、これからデロレン祭文と言う)

この間に弥次郎があたりを見れば、隠しておいた下駄がないので、さてはこいつ見つけたなと、おかしく思っているうちに、喜多八はさすがに尻が熱くなって、釜の中で立ったり座ったり、あんまり下駄で釜の底をがたがたと踏み散らしたので、ついに釜の底を踏み抜いてしまって、べったりと尻餅をつけば、湯はみんな流れてシゥシゥシゥシゥ。

喜多「ヤアイ、助け船、助け船」

弥次「どうしたどうした、ハヽヽヽヽヽ」

宿の亭主がこの音に驚いて、裏口から湯殿へまわって胆をつぶし、

亭主「どうなさいました」

喜多「イヤモウ命に別状はねえが、釜の底が抜けて、アイタヽヽヽ、」

亭主「コレハまた、どうして底が抜けました」

喜多「ツイ下駄でがたがたやったから」

と言うのに、亭主は不思議そうに、喜多八の足を見れば下駄をはいているので、

亭主「イヤァおまいは途方もないお人だ。水風呂へ入るのに、下駄をはいて入るという事があるものでございますか。らちもないこんだ」

喜多「イヤわっちも、初手は裸足で入ってみたが、あんまり熱いからさ」

亭主「イヤはや苦々しいこんだ」

と、亭主は大いに腹を立てる。喜多八も気の毒さに、こそこそと体をふいて、いろいろ言い訳をする。弥次郎も気の事に思ったので、仲裁にはいり、釜の直し賃として南鐐一片を差し出すことにして、ようやくに詫びごとをして一首詠む。

水風呂の釜を抜きたる科ゆえに 宿屋の亭主尻をよこした
  (南鐐…二朱銀、一両の八分の一に相当する。小型で姿のよい銀貨で粋なものとされていた)
(男色のセックスを釜を抜く、釜を掘るというので、尻と釜は縁語になる。尻をよこしたは、抗議してくる、面倒なことを持ち込むの意味)

喜多「いまいましい」

と、思いがけなくも、二朱銀一つ棒に振って、大いにふさいでいる。そのうちに膳も出て、そこそこに飯を食ってしまい、喜多八は、いつもの洒落も無駄口もいっこうにいわず、ただぼんやりと黙り込んでいるばかり。

弥次「コレ手めえ、なにもふさぎ込むことはねえ。大いに得をしたわ」

喜多「なにが得だ」

弥次「釜を抜いて二朱では安い。芳町の陰間茶屋へ行ってみやれ。そんなこっちゃねえ」
  (芳町は江戸の江戸掘六軒町の男色専門の陰間茶屋の集まった町、葭町とも書く。たった二朱では気のきいた陰間、つまり、おかまは買えないと言うこと)

喜多「エ、不洒落をいいなさんな、人の心も知らずに」

弥次「イヤそれでも、手めえがそんなにしていると、おらァおめえに気の毒なことがある」

喜多「なにが」

弥次「さっきの女があとで忍んで来るはずで、万事話をつけておいたから、そばで手めえが気を悪くして、なおのこと気がふさぐだろうと、それがどうも気の毒だ」

喜多「オヤほんにか。いつの間に約束した」

弥次「そんなことに、如才のあるものじゃァねえ。さっき手めえが湯にはいっているときに、先へ花代を渡しておいたから、もう手つけの口印までやらかしておいた。なんときつく手早いもんだろう、へヽヽヽヽヽ。そういっても色男はうるせえの、ハヽヽヽヽヽ、。もう寝ようか」
  (如才…手抜かり、失敗)
  (花代…おつとめと読ませている。遊女の揚げ代のこと)
  (口印…接吻のこと)

と、弥次郎は手水にたって行く。この間に女が来て部屋に床を敷く。

喜多「コレ姐さん、おめえ、おらが連れの男に、なにか約束をしたじゃァねえか」

「イヽエ、オホヽヽヽヽヽ」

喜多「イヤ笑い事じゃァねえ。コリヤァ内緒のことだが、あの男は手におえねえかきだから、病気がうつらぬようにしなせえ。おめえが瘡を背負っては気の毒だからいって聞かすが、内緒だよ」

と、ひそひそ声でまことらしく言えば、女が胆をつぶしたようすに、喜多八は図にのって、

喜多「そして足は年中雁瘡にかかっていて、なんのことはねえ、乞食坊主の菅笠をみたように、ところどころに油紙のふたがしてある。それにまたアノ男の腋臭のくささ。そのくせ、ひつっこい男で、かじりついたら放しやァしねえ。面妖なことに、アノ瘡っかきというものは、口中が悪くくさいもので、おいらも並んで飯を食うのさえ嫌でならねえがしかたがねえ。思い出しても虫酸が走る、ペッペッ」
 (雁瘡…梅毒による足の皮膚のでき物。やたらに油紙で膏薬を貼ったようすが、継ぎはぎだらけの乞食坊主の菅笠のようだ)

その間に早くも弥次郎が手水から出てくるようすに、

「もうお休みなさいませ」

と、そうそうに立って行く。弥次郎は座敷へはいり、すぐに夜着をはおって、

弥次「ドレふところを、あっためておいてやろう」

喜多「いまいましい。今夜のようにつまらねえことはねえ。やけどをして二朱の金はふんだくられる。そのうえ、アノ美しいやつを、そばで抱いて寝られて、ほんに踏んだり蹴ったりな目にあうわ」

弥次「ハヽヽヽヽ、堪忍さっし。今夜ァちっと、のろけを聞きにくかろう。畜生め、こたえられねえ気分だ。ハヽヽヽヽ、コレ喜多八、もう手めえは寝るか、もっと起きていねえ」

喜多八は委細かまわず、

喜多「ゴウゴウゴウ」

の空いびき。

弥次「もう来そうなもんだ」

と、独りまじまじとして寝られないが、待てども待てども音もなし。なまなかに先に銭をやって、だまされて棒に振るかと気が気でなく、こらえかねて、やたらに手を叩き立てると、宿屋のお神さんがやってきて、

宿の神さん「お呼びなさいましたか」

弥次「イヤおめえではわかるめえ。さっきここの女中に、ちっと頼んでおいたことがあるから、どうぞちよっとよこしてくんねえ」

神さん「ハイ、あなた方のほうへ出ました女は、雇人でごぎいますから、もう宿へ帰りました」

弥次「エヽほんにか。そんならよしよし」

神さん「ハイお休みなさいませ」

と、がっかりした弥次郎を尻目に、神さんはお勝手へ行ってしまう。

喜多「ハヽヽヽヽ、ワハヽヽヽヽ」

弥次「べらぼうめ、何がおかしい」

喜多「ハヽヽヽヽ、ハヽヽヽヽ、イヤこれで勝負はあいこだ。もう安心して寝ようか」

弥次「勝手にしやァがれ」

と、哀れなるかな弥次郎は、喜多八の肝計とは露しらず、飯盛女の花代二百文恋しや、恨めしや、おじゃれか無洒落か、あたら一夜をぜひもなく、ころりと独りつっぷして寝るはめになった。
  (おじゃれ…飯盛女のこと)

喜多八はおかしくてまた一首、

 胡麻塩のそのからき目を見よとてや おこわにかけし女うらめし
(胡麻塩頑の年寄りの弥次郎が女にだまされた。おこわにかけるは人をだますこと、さらに胡麻塩はお強飯にかける辛いものと言う洒落も含む、うらめし、こわめしも地口合わせ)

かれこれと面白がって寝てしまったが、早くも聞こえる遠くの寺の鐘の音に、一睡の夢はさめて夜が明ければ、やがて起き出して、そこそこにしたくして宿を出れば、今日は名にしおう箱根八里越え、はやそろそろと、つま先上がりに、石の高く飛び出た石畳の道を行けば、風祭の里(小田原市)も近くなって、弥次郎兵衛一首詠む。

 人の足に踏めど叩けど箱根山 本堅地なる石高の道
(本竪地は高級な石目塗と言う堅固な漆塗りの箱。叩いても傷がつかないのは、箱根の山道の石畳と同じと言う趣向)

喜多「コレコレ松明を買わねえか。ここの名物だ」

弥次「べらぼうめ、もう日の出る時分だ。松明がなんでいるものか」

喜多「夜が明けてもいいわな。おめえ買ってとぼせばいい。タベの代わりに」
  (男女の性交を<とぼす>と言うのに引っかけてからかった)

弥次「おきやァがれ」

喜多「ハヽヽヽヽ、ハヽヽヽヽ、」

またここに湯本(箱根)の宿というのは、両側の家作りがきらびやかで、どこの家にも美目よい女が二、三人づついて、店先に出て名物の箱根細工の挽き物を商っている。喜多八は一軒一軒のぞいてみて、

喜多「オヤオヤ洗い粉の看板を見るような、顔と手先ばかり白い女がいらァ」

弥次「なんぞ買おうか」

「お土産お召しなさいませ。おはいりなさいやんせ」

弥次「コレ姐さん、そこにあるものを見せなせえ」

と言うのに、娘はまた知らん顔で、ほかの客の相手になって商いをしている。お勝手から婆さんが走り出てきて、

婆さん「ハイハイ。これでおんざりますか」

弥次郎は、婆ァでは気にはいらない顔つきで、

弥次「エヽ、それじゃァねえ。コレ姐さんそっちのを見せな」

婆さん「ハイハイ。これでおんざりますか」

弥次「エヽ、それでもねえ。コレ姐さん、おめえの手に持っているのはなんだ」

「はいはい、お煙草入れでおざりやんす」

弥次「コレコレこのことさ。時にいくらだ」

「ハイ三百文でおざりやんす」

弥次「百ばかりにしなせえ」

「おまいさんもあんまりな。あなた方のおかげで、かように商いしておりますものを、高い掛け値は申しゃんせぬ」

と、弥次郎をじろりと見る。弥次郎たちまち女に甘くなって、

弥次「そんなら二百よ」

「もうちっとお召しなすって下さいやせ。オホヽヽヽヽヽ」

と、根っからおかしくもないことを笑って、弥次郎の瀕をまたじろりと見る。

弥次「そんなら三百、三百」

「もうそっとでござりやんす。オホヽヽヽヽヽ」

弥次「めんどうな、四百、四百」

と、四百文のさし銭一本を放り出して買い取り、

弥次「喜多八、サァ行こう」

「ようおい出なさいやんした」

喜多「ハヽヽヽヽヽ、三百のものを四百に買うとは、新しい、新しい」

弥次「それでも惜しくねえ。あの娘は、よっぽどおれに気があったとみえる」

喜多「おきゃァがれ。ハヽヽヽヽ」

弥次「それでも初手から、おれの顔ばかり見ていたわ」

喜多「見ていたはずだ。あの娘の目を見たか。やぶにらみだ、ハヽヽヽヽヽ」

ここに、いが栗頭の子供四、五人いて、

子供「箱根権現さまへ御代参、一文やって下されチャ」

喜多「ナニ御代参とはなんだ」

子供「こなた衆の代わりにお参りするわ」

喜多「ナニおいらが代わりに。いづれを見ても山家育ち、身代わりにするような満足な面があるものか。ろくな首は一つもない。イヤ時にあの鉦はなんだ」
  (いづれを見ても山家育ち。世話甲斐もなき役にたたず…浄瑠璃の菅原伝授手習鑑の寺小屋の段の名高いせりふを洒落にしている)

弥次「賽の河原へきたぞ、きたぞ」

 辻堂はさすがに賽のかはら屋根 されども鬼は見えぬ極楽
(辻の地蔵堂の瓦屋根を賽の河原に語呂合わせ。地蔵菩薩は地獄と極楽の境の賽の河原にいて亡者を救う。さすがにといったのは、普通は道端の地蔵堂はみすぼらしい草屋根なのに、ここでは当時なら贅沢な瓦屋根だったからである。ここは地獄のはずなのに念仏の鉦が聞こえる極楽らしい)

 お茶漬けの賽のかはらの辻堂に 煮しめたような形の坊さま
(お茶漬の煮しめの菜、賽、煮しめたような汚い衣の坊さん、みな縁語の語呂合わせ)

 それよりお関所を打ち過ぎて

 春風の手形をあけて君が代の 戸ざさぬ関を越ゆるめでたさ
(手形は関所の通行手形、戸ざさぬは閉ざさないの意味だが、国中がよく治まって盗人になるものもなく、家々は戸締まりをせずとも平和であると言う聖人の世と同じく、この世も泰平でめでたいの意味を含めている)

 このように祝して、箱根の峠の宿によろこびの酒をくみかわした。

道中膝栗毛初篇 終